翔龍shoryuの忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。『ドラゴンボール』や藤崎竜さんの『封神演義』のレビューも書いています。

「殷王朝滅亡」 『封神演義』第173回

「殷王朝滅亡」
封神演義』第173回

 

かつて黄飛虎と紂王が戦った時は日が沈もうとしていたが、今回の天化と紂王の戦いが終わった時には夜が明けて新たな日が昇り出していた。
それは新たな世の始まりを意味していた。

 

剣を刺された天化の姿を見た太公望はショックを隠す事が出来なかった。
ここで太公望は天化の体を抱え起こすと「天化…、すまぬ……。すまぬ…」と告げる。最初にこの話を見た時は単純に「助けが間に合わなくてすまない」と言う意味だと思ったが、後の話で王天君が「太公望は天化の命を使えば殷周易姓革命は丸く収まると考えていた」と発言した事で状況が変わる。
つまり太公望は天化がこうなる事を想定していて、そうなる事を心のどこかで望んでいたとなる。そうなると太公望が天化に告げた「すまぬ」は「自分の計画の為にお前を利用してすまない」と言う謝罪の言葉であった可能性が出てくる。

 

「紂王……、あんたが何考えてっかわかってるつもりだ」と言う武王の言葉が今回あるが、今回の武王は全ての場面において「相手が何を考えているのかどんな気持ちなのか」を理解して行動している。
朝歌の民は周の武王の到着を待ち望んでいるとして大声で城の中へと呼びかけ、朝歌の民が求めているのは食べ物と服だとして武吉に用意させ、今はまだ戦争中で朝歌の民は不安な状態なので急がず堂々と進軍し、太公望の後ろ姿を見ただけで天化の結果を感じ取り、紂王の真意を汲み取って着替えの時間を用意し、最後に高らかに戦争の終結を宣言する事で人々の不安を完全に払拭した。

 

紂王の最後に会いたい人物は姜妃、殷郊と殷洪、聞仲であった。
黄飛虎は?と思ったが、紂王は天化との戦いで天化の中に黄飛虎の面影を見ていたので、ここで黄飛虎と会えたと言う解釈なのかな。

 

紂王は最後に「誰も信じはすまいが誘惑が切れた今でも…予は妲己を……」と心の中で呟く。自分に対してあれだけの事をした妲己に対して、この時点でもまだ想いを寄せられるとは、誘惑の術とは関係無しに紂王は妲己の事を本当に愛していたのだなと感じる。
それはそれで素晴らしい事かもしれないが、紂王が立っている城壁の周りには妲己によって苦しめられた朝歌の民がいる。そんな中で紂王は最後に朝歌の民よりも妲己への愛を思った。
紂王は最後の最後まで朝歌の民を裏切ってしまったのだ。

 

紂王が武王と一緒に城壁に立ったところを以前に紂王を助けた少女も見ていた。
ふと思ったのだが、彼女はこの後におじちゃんの首が刎ねられるところ、そして周りの人々(おそらく母親も)がそれを喜ぶところを見る事になるんだよな。苦しんでいる人を見付けたら助けようとしていた少女が自分が助けようとしたおじちゃんが殺されるところを、そしてそれを周りの人々が喜び歓声を上げるところを目の当たりにする。その時、少女は何を思うのだろうか……。

 

今回の天化の死に対する態度からも分かるように、太公望は出来れば誰も死なせたくはない。しかし、封神計画は犠牲無しでは成し遂げられないプロジェクトである。そして封神計画の終着点である「仙道のいない世界を作る」は太公望が生涯をかけてでも達成しようとしている「理想」である。
つまり太公望は「仙道のいない世界を作る」と言う「理想」の為に「誰も死なせたくはない」と言うもう一つの「理想」を犠牲にしているのだ。「理想」を犠牲にする。それはその人の心を殺す事になる。太公望は自分の「理想」の為にもう一つの「理想」を犠牲にしていく。つまり「自分で自分の心を殺していっている」のだ。
そんな太公望を救える存在と言えば普賢真人であるが彼は既にいない。太公望は自分を救ってくれる人が誰もいない中で、仙道のいない世界を作ると言う理想の為に封神計画を進めていき、その中で数多くの犠牲者を出していく。こんな状況で太公望の心は無事なのであろうか?
ひょっとしてだが、太公望はこの『封神演義』と言う物語を通して「少しずつ壊れていっている」のではないだろうか? 言い換えれば「『封神演義』とは太公望が壊れていく物語」と考える事が出来る。
多くの少年漫画は主人公達の成長物語となっている。途中で辛い出来事があってもそれは成長へと転換され、やがてハッピーエンドへと向かう。しかし、太公望は精神面においては第1回の時点で既にある程度完成されていたのでその後の物語で大きく成長する事は無かった。戦闘におけるパワーアップは逆に肉体に大きな負担をかけていき、そしてそれらは「王天君と合体して伏羲になる」事で全てチャラになってしまう。むしろこの伏羲への変身はこれまで太公望が積み重ねてきた人生と言う拠り所をぶち壊してしまうもので、パワーアップと言うよりはむしろ「少しずつ壊れていった太公望にとどめを刺す最後の大きな一撃」だったとも言える。
周易姓革命が終わって「わしも真っ白になりそうだ…」と呟いた太公望。だが、彼の苦闘はまだ終わらない……。

 

歴史の道標三 -予兆-」に続く。

 

 

封神演義 20 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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